名古屋大学大学院
医学系研究科
神経情報薬理学 教授 貝淵 弘三
「こんなに手を尽くし、薬を使っても治らないのか」。私が血液・腫瘍内科医だった頃、がん治療を経験して、感じていたことです。抗がん剤による治療が主流だった当時、なかなか治療効果が出ず、いつも落胆していました。この状況を打破するため、新薬の開発につながることをしたいと思い、研究の道を志すことにしたのです。
大学院に入ってからは、真実を探求する面白さにどっぷりと浸かる経験ができました。世界に70億人を越える人がいる中で、実験を通じて自分がだれよりも最初に新しい実験結果を知ることができる。だからこそ、その大きな喜びを、スピード感をもって臨床に還元したいと強く思うようになりました。幸いなことに、私が研究を始める数年前まではラボで生まれた研究成果が臨床に還元されるまでに何十年も歳月を要していましたが、仕組みが変わり、研究成果をなるべく早く世に出せるようになってきました。
大学院で所属した研究室はがん免疫を専門にしていました。私はがん細胞が増殖する過程で免疫がどう変化していくか考察していく研究に着手することになりました。ある時、がん細胞増殖を抑制しようと試みたのですが、実験用マウスのがんがなぜか大きくなってしまったのです。予測では小さくなるはずが、何度やってもうまくいきませんでした。そこが、研究の不思議です。それまで信じられてきた理論が覆され、いま、目の前で起こっていることが正しくなります。だから、思ってもみないことが起こるときがチャンスだと考えるようにしています。私の場合、先生に恵まれ、やめろとか、お前がおかしいなどと言われることなく私の考えを見守っていただきました。たとえ思い通りの実験結果にならなかったり、繰り返し実験に失敗しても、謙虚に受け止め、真実が分かるまで突き詰めていく。その姿勢が研究者にとって何よりも大切なのだと思います。また、マウスで成功しても、人体で成功するとは限らないのも難しいところです。例えばインフルエンザワクチンを接種してインフルエンザにかからない人とかかってしまう人がいる。これが人間の持つ多様性です。がんの場合も同じで、多様性を考慮した研究を進め、治療法が確立できなければ、いつまでたっても臨床に貢献したとは言えないのです。
大学院で学位を取得した後も、がんに対する免疫応答の抑制機構を追っていましたが、アメリカでそうした研究が注目されていると知り、縁あってニューヨークにあるがんセンターへ留学することになりました。そこでがん研究の大家といわれる先生から、心に残るお言葉をいただきました。「生物系の学部を出てがん研究をする人と、医学系の学部を出てがん研究をする人とでは、見ているものが大きく異なる。医者は、患者さんで起こる様々な現象を診た上で考えそれに立ち向かおうと研究をする。だから、医者は医者にしかできない研究をするべきだ」。いまもそのお言葉は、私の研究に向き合う指針となっています。
いまは、免疫系の中でも免疫抑制力を下げ、攻撃力を高めるということをテーマにがん免疫療法の開拓をしている途中です。私がこのテーマで研究を始めた当初は、もっと抗がん剤の分野を突き詰めたほうがいいとか、分子標的治療分野を専門にした方がいいとか、いろんなことを言われてきました。でも、自分がこの分野が面白く、かつ正しいと思ったから開拓していきました。すでに確立された分野を追っていっても、なかなかオンリーワンの研究はできません。これから必要とされる、新しい分野に目を向けて、自分を信じて進むこと。それこそが、楽しく研究を続ける秘訣ではないでしょうか。