名古屋大学大学院
医学系研究科長・医学部長
分子生物学 教授 門松 健治
私の研究室では、「癌」を大きなテーマとして基礎研究を行っています。活性酸素による発がんメカニズムの解析や、繊維状無機物質の毒性・発がん性の研究などです。その分野に興味を持ったきっかけを思い返していくと、子供のころに祖父を癌で亡くした経験に行きつきます。「癌を治す仕事=医学部」ということで、医学の道に進んだのです。ところが、研修医として臨床の場にいると、目の前の患者さんたちがどんどん命を落としていく。医療に従事する者として、自分の存在がとてもむなしく思えました。もっと、癌を患う方々のためになることを根本から考えたい。そう思った私は、病理学の扉をたたいたのです。
高齢社会となった今、多くの中高年の方々が長寿を目指し、生活習慣病を未然に防ぎたいという意識を持っている。臨床の現場でも、予防医学が注目されています。私たちの研究室が行っている取り組みも、そうした社会ニーズに貢献するものです。たとえば、人体に「酸化ストレス」と呼ばれる負荷がかかると、発がんだけでなく、動脈硬化症や糖尿病といった様々な生活習慣病を引き起こすリスクが上がる。私たちは、その酸化ストレスのメカニズムを解析し、治療のためのベースをつくっているのです。医学の基礎研究には様々な分野がありますが、最も臨床に近いのが病理学です。だから、本当の意味で、臨床の現場に求められる人になれるんじゃないかと信じています。 他にも、「鉄」に軸足を置いた研究などを進めています。過剰鉄がどのような機構で発がんを起こすのか動物モデルで解析したり、鉱物であるアスベストがなぜ周囲の鉄を集めて中皮腫を起こすのか検討したりしています。このような成果は、先端ナノマテリアルの安全性評価に応用できるのです。日頃ニュースで見聞きするキーワードと深く関わるテーマについて研究していると、自分がやっていることは意義があることだと実感できる。だから、病理学の研究はやめられません。
研究を通して、興奮したり、やりがいを感じたりする瞬間は、他にもあります。おそらく、全ての研究者に共通していることだと思いますが、自分の書いた論文が注目を浴びた時です。世界が自分の研究に興味を持ってくれる。それは、大きな喜びですね。研究者は、よき発信者になるべき。私は現在、6つの英文雑誌のエディターとして、論文の採用/不採用を決める仕事もしています。雑誌掲載のポイントは、その研究に新規性があるかどうか。研究者たちは、たくさんの数値や画像を解析し、新しい秩序を発見したり、データをグループ化したりしながら、他の研究にはない「新しさ」を求めて試行錯誤しています。「発信したい!」という強い願望を持ち、粘り強く取り組むことで必ずチャンスは巡ってくる。そう信じることが大切です。
研究者を志す若い人たちには、海外留学をして共同研究をすることをおすすめします。私も1990年から2年間、アメリカのFDA(Food and Drug Administration)の研究員をしていました。テーマはDNAの酸化的な損傷。研究を続けるうちに、新しい知見を得ることができました。海外での共同研究におけるポイントは、日本人のいないラボに行くこと。異分野・異文化の人と研究を行うことで多くの刺激を受けることができるからです。たくさんの視点から導き出された実験結果を総動員して、ダイナミックな研究ができる。それは本当に貴重な経験となります。私の研究室でも様々な国からの研究者を受け入れています。中国、マレーシア、ブラジル、そして台湾。グローバルな研究環境をつくることが目標です。若いみなさんには、世界を視野に研究に取り組んでほしい。協働する、発信する、そして社会に必要とされる。多くの研究者と関わることで、充実した研究者人生を歩んでください。